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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)24号 判決

静岡県富士市比奈760番地の1

原告

春日製紙工業株式会社

代表者代表取締役

久保田元也

訴訟代理人弁理士

岩堀邦男

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

荻島俊治

秋吉達夫

幸長保次郎

吉野日出夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成6年審判第2263号事件について平成6年11月10日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成元年4月4日、名称を「無芯トイレットペーパーロール」とする考案(以下、「本願考案」という。)について実用新案登録出願(平成1年実用新案登録願第39203号)をしたが、平成6年1月12日拒絶査定がなされたので、同年2月10日に査定不服の審判を請求し、平成6年審判第2263号事件として審理された結果、同年11月10日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は平成7年1月7日原告に送達された。

2  本願考案の要旨

無芯トイレットペーパーロールの巻き初め部にトイレットペーパーが固く巻付けられているとともに巻き初め部の中心に所定の大きさの大きな円形孔を設けて、更に該無芯トイレットペーパーロールの巻き初め部の外周に、巻き初め部のトイレットペーパーと連続しているトイレットペーパーが固く巻付けられた所定量のトイレットペーパーを、設けたことを特徴とする無芯トイレットペーパーロール(別紙図面A参照)

3  審決の理由の要点

(1)本願考案の要旨は、平成6年2月10日付け手続補正中の明細書(以下、「本願明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲に記載されている、前項のとおりのものと認める。

(2)これに対し、本出願前に日本国内において頒布された刊行物である昭和50年実用新案登録願第59729号(昭和51年実用新案登録出願公開第141246号)の明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルムの写し(以下「引用例」という。)には、「帯状トイレットペーパーであって、巻取軸に巻き取り後、その巻取軸を抜去った中空芯部を有する円とう体をなす事を特徴とする無芯トイレットペーパー。」が記載されており、その1頁10行ないし12行には、「この考案はロール状トイレットペーパーに関し、その芯部に芯材や、これに代るものが無い事を特徴とするものである。」、2頁16行ないし4頁8行には、「第2図はこの考案による無芯トイレットペーパーの一例斜視図で、巻取軸を引抜かれたあとの中空芯部3には芯材に類するものは何もない。ペーパー巻始め端は巻取軸に巻きつける際、従来同様、水で濡らされるだけであるから、巻取軸や巻き重ねた上層と接着される事はない。しかし、巻取り時の原紙の張力は巻始め部分を巻取軸へ強く押しつけ巻き締める効果があり、単に濡らしただけの巻始め端でも、その上層に密着し、巻取軸抜取り後も解け動く事がない。巻始め端を濡らす水に僅な糊分を加えれば上層との固定が更に確実になる。この考案の無芯トイレットペーパーの製法の一例を簡単に述べると、任意の巻取装置により巻取軸に先端を軽く濡らした原紙を直接巻きつけ、所定量に達するまで巻く。その巻取軸4は抜取方向に摩擦の少ないものを用い、第3図のように巻上げたら、抜取装置にかけて巻取軸4を抜取る。巻紙の端面を受板で支え、軸4端部の穴4aに棒を通しチェンで引く簡単な抜取装置で引抜ける。幅の広い原紙をスリットしながら巻取軸に巻き、巻取後、巻取軸を抜いて1つ1つのトイレットペーパーロールにしても、スリットしないで巻取り、巻取軸を抜いてから軸方向に長いペーパーロール2aを断裁機により分断して第2図のような無芯トイレットペーパー2にしてもよい。従来の特殊製法による無芯巻紙はその中空芯部が不整円となる事を避けられないが、この考案のものは巻軸を用い充分な張力により巻付けるので、その中空芯部は真円を保つ。従って便所での取付けのため芯棒を通すのに何の不都合もなく、巻紙の最終端まで有効に使える。」と記載されており、また、その第2図には、その考案の一実施例の斜視図が示されている(別紙図面B参照)。

これらの記載を総合すると、引用例には、「巻き初め部の中心に所定の大きさの円形孔を有する無芯のロール状トイレットペーパー」が記載されており、また、そのトイレットペーパーは、巻き初め部の外周に、巻き初め部のトイレットペーパーと連続している所定量のトイレットペーパーが巻き付けられたものであることは明らかであり、さらに、引用例の3頁2行ないし5行の「巻取り時の原紙の張力は巻始め部分を巻取軸へ強く押しつけ巻締める効果があり、単に濡らしただけの巻始め端でも、その上層に密着し、巻取軸抜取り後も解け動く事がない。」という記載、及び、4頁4行ないし6行の「この考案のものは巻軸を用い充分な張力により巻付けるので、その中空芯部は真円を保つ。」という記載からみて、引用例に記載きれた無芯のロール状トイレットペーパーは、巻き初めから巻き終るまで充分な張力により巻付けられているから、その張力によって、巻き初め部にも、巻き初め部の外周にも、トイレットペーパーが充分固く巻付けられているものと認められる。

(3)してみると、引用例には、「無芯トイレットペーパーロールの巻き初め部にトイレットペーパーが固く巻付けられているとともに巻き初め部の中心に所定の大きさの円形孔を設けて、更に該無芯トイレットペーパーロールの巻き初め部の外周に、巻き初め部のトイレットペーパーと連続しているトイレットペーパーが固く巻付けられた所定量のトイレットペーパーを、設けたことを特徴とする無芯トイレットペーパーロール」が記載されていると認められるから、本願考案と引用例記載の考案との間には、強いて挙げても、次の点にしか相違するところが認められない。

本願考案では、実用新案登録請求の範囲において、円形孔が大きい旨を規定しているのに対し、引用例には、円形孔の大きさについては言及されておらず、引用例記載の考案では、円形孔の大きさについての規定が全くない点

(4)しかしながら、引用例記載の考案においても、無芯のロール状トイレットペーパーの円形孔は、それにトイレットペーパーホルダーの芯棒を通してロール状トイレットペーパーを保持するために形成されているものであるから、通常使用されるトイレットペーパーホルダーの芯棒を通すためにその芯棒の太さに合せてその円形孔を充分大きく形成する程度のことは当業者にとってきわめて容易に想到し得るところであり、かつそのようなことは当業者がきわめて容易になし得ることと認められる。

(5)したがって、本願考案は、本出願前に日本国内において頒布された刊行物である引用例記載の考案に基づいて、当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  審決の取消事由

引用例に、審決認定のとおりの記載が存在することは認める。しかしながら、審決は、引用例が開示する技術内容を誤認した結果、本願考案と引用例記載の考案との一致点の認定及び相違点の判断を誤り、かつ、本願考案が奏する作用効果の顕著性をも看過して、本願考案の進歩性を否定したものであり、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)一致点の認定の誤り

審決は、本願考案と引用例記載の考案との一致点の認定の前提として、引用例記載の考案のものは「巻き初めから巻き終るまで充分な張力により巻付けられているから、その張力によって、巻き初め部にも、巻き初め部の外周にも、トイレットペーパーが充分固く巻付けられているものと認められる。」と説示している。

しかしながら、引用例には、巻き初め部を充分な張力により巻き付けることは記載されているが、巻き初め部からどこまで充分な張力を与えるのか一切不明であって、巻き終るまで充分な張力により巻き付けることは記載されていない。

また、引用例記載の考案のものが巻き初めから巻き終るまで充分な張力により巻き付けられているとしても、そのトイレットペーパーが、巻き初め部にもその外周にも、充分固く巻付けられていることは、引用例には開示されていない。

すなわち、トイレットペーパーを充分な張力により巻き付けることと、固く巻き付けることとは、構成はもとより効果の点において別異の事柄である。その理由は、トイレットペーパーは引張り強度が極めて小さく、切断しやすいことにある(甲第7号証の試験成績書によれば、トイレットペーパーの縦方向の平均の引張り強さと新聞紙の縦方向の平均の引張り強さとの比は約1対19であるが、異なるトイレットペーパー間では引張り強さにさしたる違いはない。この点は、甲第10号証の紙質試験における純白ロールとの比較においても同様である。)。したがって、トイレットペーパーを巻き付けるときは、巻付け時に切断しない範囲内の張力(最大許容張力)をもって「充分な張力」とせざるを得ないが、そのような意味での「充分な張力」によりトイレットペーパーを巻き付けただけでは、固く巻き付けられたトイレットペーパーロールを得ることはできないのである。

固く巻き付けられたトイレットペーパーロールを得るためには、トイレットペーパーを巻き付ける際、加圧ロールによって加圧する必要がある。加圧ロールによって加圧しながら巻き付けることによって、「外径が約11.5cmと従来のものとほぼ同じ外径であるが、トイレットペーパーの長さが約130mであるから、従来の同じ外径のものの長さが約65mのものに較べ約2倍のトイレットペーパーとほぼ同じ体積にすることができるため嵩張らない」(本願明細書4頁6行ないし9行)のである。

したがって、本願考案が要旨とする「固く巻付けられた」という概念は、張力が充分であるか否かではなく、加圧ロールによって加圧しながら巻き付けることであり、この加圧によってトイレットペーパーのクレープ(ちりめん状の皺)が圧縮されて極めて偏平状になり、トイレットペーパーロールの長さが長く(約2倍)嵩張らない状態とも解することができる。

さらに、固く巻いたことが、同時に円形孔の大きさを大きくする構成と有機的に結合している。円形孔を大きくするには、固く巻き付けることが極めて重要な要件である。すなわち、固く巻き付けて初めて円形孔を大きく形成でき、その形成後も固いゆえに、通常のトイレットペーパーロール用ホルダーの取付軸への取付けに際しても、整然とした取付けができる。固く巻き付けられていないトイレットペーパーロールは、輸送時又は保管時に損傷して製品化できなかったり、あるいは、通常のトイレットペーパーロール用ホルダーの取付軸には、変形して取り付けることができない。

以上のように、本願考案が要旨とする「トイレットペーパーが固く巻付けられた」という文言は、「円形孔を大きく整然とし」かつ「圧力を加えて通常の約2倍の長さで嵩張らない状態」又は「「圧力を加えて通常の約2倍以上の長さで嵩張らない状態」とも解釈することができる。

なお、本願考案の実用新案登録請求の範囲には、加圧ロールによって加圧することは記載されていないが、本願考案が要旨とする「トイレットペーパーが固く巻付けられ」るために加圧ロールによる加圧が必須の要件であることは、本願明細書の考案の詳細な説明の欄に、実施例の方法として「固い巻芯4の上に加圧ロール6を設けて、(中略)巻芯4の外周に最初から最後までの全部のトイレットペーパー1が加圧ロール6で加圧されながら固く巻付けられる。」(3頁21行ないし24行)と記載されていることから明らかである。

これに対し、引用例には、トイレットペーパーを固く巻き付けるための構成及び作用効果は、示唆すらされていない。

この点について、被告は、引用例記載の考案の無芯トイレットペーパーは巻付けの際の充分な張力に耐えられる引張り強度を有する紙質のものであることが明らかであるから、巻き初め部にも巻き初め部の外周にも、トイレットペーパーが充分固く巻付けられているものであると主張する。

しかしながら、甲第8号証の試験成績書及び第9号証の試験結果によれば、トイレットペーパーを巻き付ける際に加圧ロールによって加圧した場合は、固く巻き付けられ、損傷や変形量も僅かで十分に製品として供することができるのに対し、充分な張力を与えたのみで加圧ロールによって加圧しなかった場合は、輸送時の振動や落下等による損傷や変形が大きく、製品として成り立たないことが明らかである。

したがって、引用例には「無芯トイレットペーパーロールの巻き初め部にトイレットペーパーが固く巻付けられているとともに(中略)、巻き初め部の外周に、巻き初め部のトイレットペーパーと連続しているトイレットペーパーが固く巻付けられ」ていることが記載されているとし、本願考案と引用例記載の考案との間には強いて挙げてもその認定した相違点しか相違するところが認められないとした審決の認定は、誤りである。

(2)相違点の判断の誤り

審決は、トイレットペーパーロールの中心の「円形孔を充分大きく形成する程度のことは当業者にとってきわめて容易に想到し得るところであ」ると判断している。

しかしながら、当業者ならば無芯トイレットペーパーロールにおける大きな円形孔の利点(通常のホルダーの取付軸に装着が可能であるため、細軸芯棒を添付する必要がない等)を知悉しているにもかかわらず、整然とした大きな円形孔を有する無芯トイレットペーパーロールの製造販売が未だになされていないことから明らかなように、大きな円形孔を形成することは、単なる設計事項ではない。無芯トイレットペーパーロールの巻き初め部の中心に所定の大きさの大きな円形孔を設け、しかも長期の保存や輸送時の振動、衝撃荷重によっても変形しないようにするためには、前記のように、巻き初め部にトイレットペーパーが固く巻き付けられることが必須の要件である。

前掲甲第8号証によれば、単に巻芯の径を大きくしただけでは、変形量が増大して商品化が困難であって、巻芯の径を大きくするとともに、加圧ロールによって加圧して使用に耐え得るように固く巻き付けることが、変形量の少ない無芯トイレットペーパーロールを得る要件であることが明らかである。

したがって、相違点に係る審決の上記判断は、誤りである。

(3)本願考案の作用効果について

本願考案は、その要旨とする構成が有機的に結合されることによって、細軸芯棒がなくとも通常のホルダーの取付軸に装着できるのでコストを軽減できること、整然とした円形孔を保持できること、ペーパーを最後まで使用でき紙筒芯も残らないこと等の作用効果を奏することができ、さらに、ロールに巻き付けられるトイレットペーパーの長さを約2倍にしても嵩張らないので、ホルダー装着の手間を減少できること、トイレットペーパーロールの保管量あるいは輸送量を倍増できること等の作用効果をも奏することができる。

このような顕著な作用効果は、引用例には示唆すらされていないから、本願考案の進歩性は肯認されるべきである。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願考案の要旨)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1一致点の認定について

原告は、引用例には無芯トイレットペーパーロールの巻き初め部を充分な張力により巻き付けることは記載されているが、巻き終るまで充分な張力により巻き付けることは記載されていないし、引用例記載の考案のものが巻き初めから巻き終るまで充分な張力により巻き付けられているとしても、そのトイレットペーパーが巻き初め部にもその外周にも充分固く巻付けられていることは開示されていないと主張する。

しかしながら、引用例には、「巻取り時の原紙の張力は巻始め部分を巻取軸へ強く押しつけ巻締める効果があり、単に濡らしただけでの巻始め端でも、その上層に密着し、巻取軸抜取り後も解け動くことがない。」(3頁2行ないし5行)、「この考案のものは巻軸を用い充分な張力により巻付けるので、その中空芯部は真円を保つ。」(4頁4行ないし6行)と記載されている。そして、引用例には、トイレットペーパーの巻付け中にその張力を変更することに関する記載はないから、「引用例に記載された無芯のロール状トイレットペーパーは、巻き初めから巻き終るまで充分な張力により巻付けられている」とした審決の認定に誤りはない。

この点について、原告は、トイレットペーパーは引張り強度が小さく切断しやすいものであるから、切断しない範囲内の張力によりトイレットペーパーを巻き付けただけでは、固く巻き付けられたトイレットペーパーロールを得ることはできないと主張する。

しかしながら、トイレットペーパーの引張り強度は、材質あるいは製造条件によって相当の差がある。そして、引用例には、前記のように「巻軸を用い充分な張力により巻付ける」(4頁5行、6行)と記載されているのであるから、引用例記載の考案の無芯トイレットペーパーは、巻付けの際の充分な張力に耐えられる引張り強度を有する材質のものであることが明らかである。

そして、巻付け張力が大きければ大きいほど固く巻き付けることができるのは当然であるから、引用例記載の無芯トイレットペーパーは「その張力によって、巻き初め部にも、巻き初め部の外周にも、トイレットペーパーが充分固く巻付けられているものと認められる。」とした審決の認定にも、誤りはない。

なお、原告は、固く巻き付けられたトイレットペーパーロールを得るためには、巻き初めから巻き終るまで充分な張力により巻き付けるのみでは足りず、加圧ロールによって加圧する必要があり、本願考案が要旨とする「トイレットペーパーが固く巻きつけられた」という文言は、「円形孔を大きく整然とし」かつ「圧力を加えて通常の約2倍の長さで嵩張らない状態」又は「「圧力を加えて通常の約2倍以上の長さで嵩張らない状態」とも解釈することができると主張する。しかしながら、そのようなことは本願考案の実用新案登録請求の範囲に記載されておらず、原告の上記主張は本願考案の要旨に基づかないものであって、失当である。

次に、原告は、甲第8号証(試験成績書)を援用するが、その落錘衝撃試験結果(1)の試験後の写真には、ロール圧2Kgf/cm2の有芯の市販品(芯を抜いて測定)であっても、ロール圧0Kgf/cm2の無芯の市販品と同様に中心の円形孔が壊滅的に潰れることが示されているから、巻き付ける際に加圧することがトイレットペーパーを固く巻き付けることと直結するとはいえない。ちなみに、上記甲第8号証には、試験品の引張り強度及び巻付け張力が全く明らかにされていないから、その試験結果から、固く巻き付けられたトイレットペーパーロールを得るためには充分な張力により巻き付けるのみでは足りず、巻き付ける際に加圧ロールによって加圧する必要があるという原告の主張を裏付けることはできないというべきである。

また、原告は、トイレットペーパーを固く巻き付けることは、中心の円形孔を大きく形成するために必須の要件であると主張する。

しかしながら、上記甲第8号証の落錘衝撃試験結果(2)の試験前の写真には、ロール圧0Kgf/cm2であるにもかかわらず、中心の円形孔が大きく形成された4個の無芯トイレットペーパーロールが表されているから、トイレットペーパーを固く巻き付けなくとも中心の円形孔を大きく形成することが可能であることは明らかであって、これらの試験品は、特に乱暴に扱わない限り変形しないことを示していると理解することができる。

よって、審決の一致点の認定に原告主張の誤りはない。

2 相違点の判断について

原告は、当業者ならば無芯トイレットペーパーロールにおける大きな円形孔の利点を知悉しているにもかかわらず、大きな円形孔を有する無芯トイレットペーパーロールの製造販売がなされていないことから明らかなように、大きな円形孔を形成することは単なる設計事項ではないと主張する。

しかしながら、大きな円形孔を有する無芯トイレットペーパーロールが商品化されているか否かは、無芯トイレットペーパーロールにおいて大きな円形孔を設ける構成が進歩性を有するか否かの判断に影響を及ぼすものではない。

そして、引用例記載の考案の無芯トイレットペーパーロールは、前記のように「巻き初め部にも、巻き初め部の外周にも、トイレットペーパーが充分固く巻付けられている」(6頁5行ないし7行)のであるから、巻芯の径を太くさえすれば、中心の円形孔を所定の大きさにできることは当然であって、本願考案が要旨とする「所定の大きさの大きな円形孔を設け」ることには、何らの困難もない。

よって、相違点に係る審決の判断にも、原告主張の誤りはない。

3 本願考案の作用効果について

原告が本願考案の作用効果として主張する、細軸芯棒がなくとも通常のホルダーの取付軸に装着できるのでコストを軽減できること、整然とした円形孔を保持できること、ペーパーを最後まで使用でき紙筒芯も残らないこと等は、引用例記載の考案においても当然に奏されているものである。また、原告が本願考案の作用効果として主張する、ロールに巻き付けられるトイレットペーパーの長さを約2倍にしても嵩張らないので、ホルダー装着の手間を減少できること、トイレットペーパーロールの保管量あるいは輸送量を倍増できること等は、本願考案の一実施例が奏する作用効果にすぎない。

よって、本願考案が奏する作用効果に顕著性がないことは明らかである。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願考案の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いない甲第2号証(実用新案登録願書中の図面)及び第5号証(本願明細書)によれば、本願考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が下記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(1)技術的課題(目的)

本願考案は、巻き初め部の中心に所定の大きさの大きな円形孔(例えば直径約3.8cm)を有するとともに、固く巻き付けられた無芯トイレットペーパーロールに係るものである(本願明細書1頁11行ないし13行)。

従来の無芯トイレットペーパーロールとしては、極細の芯にトイレットペーパーを当初は緩く巻き付け、次に固く巻き付けて、巻付け後に芯が抜かれたものがある(1頁18行ないし22行)。

この従来の無芯トイレットペーパーロールは、第4図に示すように、芯を抜いた後にトイレットペーパーロール13に形成される中心部の極細孔12は、当初緩く巻き付けたトイレットペーパー11により自然に塞がれるような形状になるため、トイレットペーパーロール13の中心に完全な極細孔12が形成されず、使用時には、一端が尖り他端がスプリングなどにより伸縮自在の専用の極細の芯棒14(直径が約1cm)を、この不完全な極細孔12に尖った一端側から挿し込み、この芯棒14をホルダーに係止して使用しなければならない。すなわち、普通のホルダーの太い取付用支持棒(直径が約2.5cm)は使用できず、特殊形状の芯棒14を必要とし、その分だけコストが高くなる欠点があるうえ、トイレットペーパー11の使用後に特殊形状の芯棒14が残るため、これを捨てなければならないという欠点があった(2頁1行ないし13行)。

本願考案は、従来の無芯トイレットペーパーが有するこれらの欠点を解消し、コストを安くすること、トイレットペーパーの長さの割に嵩を小さくすること、使用後に何も残らないこと、通常のホルダーの太い取付用支持棒に取り付けられること等を技術的課題(目的)とするものである(2頁14行ないし19行)。

(2)構成

上記の技術的課題(目的)を解決するため、本願考案は、その要旨とする実用新案登録請求の範囲に記載されている構成を採用したものである(1頁3行ないし8行)。

(3)作用効果

本願考案によれば、生産時に紙筒芯を使用しない分と、通常のホルダーに取り付けられるため使用時に特殊な芯棒(取付用支持棒)を必要としない分だけコストを安くすることができるし、巻付けの最初から最後まで固く巻き付けられているので、同じ体積(嵩)で長いトイレットペーパーが巻き付けられているため、トイレットペーパーが長い割に嵩張らないという効果がある。したがって、1つのトイレットペーパーロールを長時間使用することができ、掛替えの手間の頻度を少なくすることができる。さらに、全部のトイレットペーパーが固く巻き付けられているので、強固に良く保形されて形崩れせず、中心に設けた大きな円形孔を良く保形することができるし、大きな円形孔に通常のホルダーの太い取付用支持棒を挿通して使用することができる。また、ロールの全部をトイレットペーパーとして使用することができ、全部のトイレットペーパーを使用した後に何も残らないため、紙筒芯をホルダーから取り外す手間や紙筒芯を捨てる手間を必要としないという効果もある(4頁13行ないし29行)。

2  一致点の認定について

原告は、引用例には、巻き初め部を充分な張力により巻き付けることは記載されているが、巻き終わるまで充分な張力により巻き付けることは記載されていないと主張する。

成立に争いのない甲第6号証によれば、引用例には、「巻取り時の原紙の張力は巻始め部分を巻取軸へ強く押しつけ巻締める効果があり、単に濡らしただけの巻始め端でも、その上層に密着し、巻取軸抜取り後も解け動く事がない。」(明細書3頁2行ないし5行)と記載されていることが認められる。

上記記載によれば、トイレットペーパーの巻始め部分を巻取軸へ強く巻き締める作用を行うのは「巻取り時の原紙の張力」であることが明らかであるが、この「巻取り時」を巻始め時に限定して解釈すべき根拠はなく、巻始めの後に継続する工程も「巻取り」に他ならないから、引用例の上記記載の「巻取り時の原紙の張力」は、字義どおり、原紙の巻始めから巻き終わるまでの張力と解すべきである。しかも、引用例には、巻取り工程中にその張力を変更することを示唆する記載は全く存しない。そうすると、トイレットペーパーの「巻始め部分を巻取軸へ強く押しつけ巻締める」作用を行う張力は、その後の巻取り工程中も継続して働いているものと解することができる。

このことは、前掲甲第6号証によって認められる、引用例の「この考案のものは巻軸を用い充分な張力により巻付けるので、その中空芯部は真円を保つ。」(4頁4行ないし6行)という記載によっても、裏付けられる。すなわち、中空芯部を真円に保つことは、巻始め部分のみでなく、トイレットペーパーを巻き終わるまで充分な張力により巻き付けることによって、初めて達成し得ると考えられるからである。

したがって、「引用例に記載された無芯のロール状トイレットペーパーは、巻き初めから巻き終わるまで充分な張力により巻付けられている」とした審決の認定に誤りはない。

そして、引用例記載の考案のトイレットペーパーロールが充分な張力により巻き付けられるものである以上、その紙質が充分な張力に耐え得る引張り強度を有することは明らかであるが、紙を巻き付ける際、巻付け張力が大きければ大きいほど、紙は伸張していわゆる巻締め効果が現れ、弛んだ部分も伸ばされてより密な構造になり、より固く巻き付けられることは技術的に自明のことであるから、「引用例に記載された無芯のロール状トイレットペーパーは、(中略)その張力によって、巻き初め部にも、巻き初め部の外周にも、トイレットペーパーが固く巻付けられているものと認められる。」とした審決の認定にも、誤りはない。

これに対し、原告は、固く巻き付けられたトイレットペーパーロールを得るためには、トイレットペーパーを巻き付ける際、加圧ロールにより加圧する必要があると主張する。

しかしながら、前掲甲第5号証によれば、本願明細書には、トイレットペーパーを巻き付ける際に加圧ロールにより加圧することは、本願考案の実用新案登録請求の範囲の欄はもとより、考案の詳細な説明の欄のうち、「課題を解決するための手段」の項(2頁20行ないし25行)にも、「作用」の項(2頁26行ないし3頁9行)にも記載されておらず、ただ、「実施例」の項に、「実施例の無芯トイレットペーパーロール3の造り方としては第2図第3図に図示したように外径が収縮自在の固い金属製巻芯4を2本の平行なロール5、5の上に設けるとともに固い巻芯4の上に加圧ロール6を設けて、トイレットペーパー1を巻芯4に供給することにより巻芯4はロール5、5の回転に伴って回転し、巻芯4の外周に最初から最後までの全部のトイレットペーパー1が加圧ロール6で加圧されながら固く巻き付けられる。」(3頁19行ないし24行)と記載されているのみであることが認められる。

このように、トイレットペーパーを巻き付ける際に加圧ロールにより加圧することは、あくまで本願考案の1実施例の構成として開示されているのであって、本願考案が要旨とする構成は、それ以外の方法によってトイレットペーパーをロール状に固く巻き付ける構成を排除しているものでないことは明らかであるから、原告の上記主張は失当である。

この点について、原告は、甲第7、第10号証の紙質試験成績書を援用して、トイレットペーパーの引張り強度は極めて小さく、異なるトイレットペーパー間でも引張り強度にさしたる違いはないこと、したがって、巻付け時に切断しない範囲内部の張力によりトイレットペーパーを巻き付けただけでは、固く巻き付けられたトイレットペーパーロールを得ることはできないことを主張する。

しかしながら、成立に争いのない甲第7号証によれば、紙質試験に供された僅か10種の市販トイレットペーパーの間においてさえ、引張り強度に約2.7倍もの差があることが認められるうえ、甲第7号証記載の試験において比較されている新聞紙及び甲第10号証の試験において比較されている純白ロール紙は、いずれもトイレットペーパーとは用途も使用態様も全く異なるものであるから、これらの引張り強度とトイレットペーパーの引張り強度とを比較することは技術的に無意味というほかはない。したがって、およそトイレットペーパーの引張り強度は極めて小さく、異なるトイレットペーパー間でも引張り強度にさしたる違いはないという原告の主張は、採用することができない。

また、原告は、本願考案が要旨とする「トイレットペーパーが固く巻き付けられた」という文言は、「円形孔を大きく整然とし」かつ「圧力を加えて通常の約2倍又はそれ以上の長さで嵩張らない状態」のことであるとも解釈できると主張する。

しかしながら、「トイレットペーパーが固く巻き付けられた」という文言の技術内容は、本願明細書あるいは図面を参酌するまでもなく、一義的に明確であって、原告主張のように1実施例が奏する作用効果までも加味して限定的に解釈しなければならない理由はないから、原告の上記主張は失当である。

なお、原告は、甲第8、第9号証の落錘衝撃試験成績書を援用して、トイレットペーパーを巻き付ける際に加圧ロールによって加圧した場合は固く巻き付けられ、損傷や変形量も僅かで製品として供することができるのに対し、充分な張力を与えたのみで加圧ロールによって加圧しなかった場合は、輸送時の振動や落下等による損傷、変形が大きく、製品として成り立たないと主張する。

しかしながら、成立に争いのない甲第8号証によれば、落錘衝撃試験結果に供されたトイレットペーパーロールについては、巻芯径、ロール圧、外径及び巻長さが記載されているものの、引張り強度及び巻付け張力は明らかにされていないことが認められる。したがって、たとえ甲第8、第9号証に記載されている落錘衝撃試験(ロール圧が0Kgf/cm2、2Kgf/cm2及び4Kgf/cm2のトイレットペーパーロールについて、重さ500gの鋼球を250mmの高さから落下させ、巻芯径の変化量を測定したもの)によって、ロール圧が大きいものはトイレットペーパーが固く巻き付けられることが示されるとしても、充分な張力を与えたのみで加圧ロールによって加圧しなかったものは固く巻き付けられないのかどうか、その場合は輸送時の振動や落下等による損傷、変形が大きいのかどうかを明らかにすることはできないから、原告の上記主張も根拠がない。

以上のとおりであるから、引用例記載の考案の技術内容に関する審決の認定は正当であって、本願考案と引用例記載の考案との間には強いて挙げても審決認定の相違点にしか相違するところが認められないとした審決の認定には、何らの誤りも認められない。

3  相違点の判断について

原告は、整然とした大きな円形孔を有する無芯トイレットペーパーロールの製造販売が未だになされていないことから明らかなように、大きな円形孔を形成することは単なる設計事項ではないと主張する。

しかしながら、考案の進歩性の判断は、当該出願時における技術水準、本件においては拒絶の理由に示された引用例に記載されている技術的事項に基づいて、当業者が通常の創作能力を発揮すれば当該考案をきわめて容易に想到することができたか否かを判断するものであって、仮に整然とした大きな円形孔を有する無芯トイレットペーパーロールの製造販売が未だになされていないとしても、そのことは本願考案の進歩性の有無の判断に影響を及ぼすものではない。

この点について、原告は、無芯トイレットペーパーロールの巻き初め部の中心に所定の大きさの大きな円形孔を設け、しかも長期の保存や輸送時の振動、衝撃荷重によっても変形しないようにするためには、巻き初め部にトイレットペーパーが固く巻き付けられることが必須の要件であると主張する。

しかしながら、引用例記載の考案のトイレットペーパーロールが巻き初め部にもその外周にもトイレットペーパーが充分固く巻きつけられていると認められることは、前記のとおりである。そして、引用例に、「巻取り時の原紙の張力は巻始め部分を巻取軸へ強く押しつけ巻締める効果があり、単に濡らしただけの巻始め端でも、その上層に密着し、巻取り後も解け動くことがない。」(3頁2行ないし5行)及び「この考案のものは巻軸を用い充分な張力により巻付けるので、その中空芯部は真円を保つ。」(4頁4行ないし6行)との記載があることは前記のとおりであるが、前掲甲第6号証によれば、引用例にはさらに、「芯材1を省略するため原紙を直接、巻取軸に巻きつけ、巻き上り後、巻取軸から抜出す」(明細書2頁1行ないし3行)と記載されていることも認められる。

そうすると、引用例記載の考案は、巻始め部が解け動くことなく真円を保ち、しかも原紙が巻取軸に巻き付けられることによって巻き上がるのであるから、巻上がり後の中心の円形孔の径は、巻取軸の直径により規定されるものである。このような場合、円形孔の径の大きさを左右するものが巻取軸の直径であることは明らかであって、無芯トイレットペーパーロールの円形孔に関して、トイレットペーパーを固く巻き付けるか否かは、形成された円形孔を保形する以上の技術内容を有するものではないと解するのが相当である。

したがって、巻取軸の直径を大きくすれば当然に円形孔を大きくし得るのであるから、通常使用されているトイレットペーパーホルダーの芯棒を通すために、その芯棒の太さに合わせてトイレットペーパーロールの中心に設けられる円形孔を大きくする程度のことは、当業者にとってきわめて容易に想到し得るところであるというべきである。

この点について、原告は、前掲甲第8号証を援用して、単に巻芯の径を大きくしただけでは変形量が増大して商品化が困難であって、巻芯の径を大きくするとともに加圧ロールによって加圧して使用に耐えるように固く巻き付けることが、変形量の少ない無芯トイレットペーパーロールを得る要件であると主張する。

しかしながら、甲第8号証に記載されている試験によっては、充分な張力を与えたのみで加圧ロールによって加圧しなかったものは固く巻き付けられないのかどうか、その場合は輸送時の振動や落下等による損傷、変形が大きいのかどうかが明らかにならないことは前記のとおりであるから、原告の上記主張も根拠がない。

よって、相違点に係る審決の判断に、原告主張のような誤りはない。

4  本願考案の作用効果について

原告は、本願考案が奏する作用効果として、

a  細軸芯棒がなくとも通常のホルダーの取付軸に装着できるのでコストを軽減できること、整然とした円形孔を保持できること、ペーパーを最後まで使用でき紙筒芯も残らないこと

b  ロールに巻き付けられるトイレットペーパーの長さを約2倍にしても嵩張らないので、ホルダー装着の手間を減少できること、トイレットペーパーロールの保管量あるいは輸送量を倍増できること

を主張する。

しかしながら、上記aの作用効果が引用例記載の考案においても当然に奏されることは、前記認定の引用例記載の技術内容に照らし、自明のことである。また、前掲甲第5号証によれば、上記bの作用効果は、本願明細書の3頁10行ないし4頁11行に記載された本願考案の1実施例によって奏される作用効果にすぎないことが認められ、本願考案が要旨とする構成が必ず奏する作用効果ということはできない。

よって、本願考案が奏する作用効果には、格別の顕著性を認めることができない。

5  以上のとおりであるから、審決の認定判断はすべて正当であって、本願考案は実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができないとした審決の結論に誤りはない。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面 A

1はトイレツトペーパー、2は大きな孔、3はトイレツトペーパーロール。

〈省略〉

別紙図面 B

第1図は従来のロール状トイレツトペーパー斜視図、第2図はこの考案の一実施例斜視図、第3図はペーパー巻取り後、巻取軸抜取り、分断工程前の状態の説明図で、図中2はこの考案の無芯トイレツトペーパー、3は中空芯部、4は巻取軸である。

〈省略〉

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